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その1  ■ 慶應義塾體育會蹴球部OB大北正信さんレポート その2 その3 その4 
2007年6月20日(水)


部長
 「慶応大学への入学はいつ?」
大北さん
 「昭和59年4月に、理工学部に入学しました」
部長
 「ラグビー部の新入部員はどれくらいいましたか?」
大北さん
 「4、50人ぐらい。最後まで残るのは20人ぐらい
 です」
部長
 「当時の慶応ラグビー、どうでしたか?」
大北さん
 「一言でいうと魂のラグビー!そして毎日が夏合宿
 。授業関係なし 笑」
部長
 「具体的には?一日のスケジュール的に言うと」
大北さん
 「練習時間は午前が朝9時30分から11時30分
 、昼食はさみ午後は1時から始まり、後片付けが
 終って1年があがれるのは夜8時か9時くらいです
 。一日中ラグビーだけ。必修の授業の時だけ練習
 を抜けるというか、そんな感じで。月曜だけオフで
 、火曜から日曜は練習でした」

部長
 「大阪から上京して、下宿してたんですか?」
大北さん
 「横浜の合宿所に入りました。が、これが大失敗」
部長
 「どうしてですか?」
大北さん
 「タコ部屋におしこまれる全くプライベートのない生
 活で。一部屋に6、7人がひしめいてました。Aチ
 ームと地方出身者にはベッドが与えられて、下級
 生とか都内に自宅がある者は床と押入れに寝てま
 した。9部屋に4、50人が生活してました」
部長
 「そこではどう過ごしてたんですか?」
大北さん
 「8時にドラが鳴って起床、1年生は走ってグランド
 に整列。上級生を迎えて、全員揃ったら朝の準備
 体操。その後上級生は朝食で1年生は掃除にゴミ
 出し。それが終わって朝食をとり、グランドに出て
 ボールの空気入れやボール磨きなどの練習の用
 意。とにかく上下関係が厳しかったです」
部長
 「たとえば?」
大北さん
 「1年は4年に対して、ハイ!かいいえ!しか言え
 なかったです。それぞれの部屋に部屋長がいるん
 ですが、よりによって関西弁嫌いな部屋長に当た
 って、その部屋では関西弁禁止になりまして。私
 はなんとか切り抜けましたが同じ部屋の関西人は
 ぎこちないしゃべり方してたり。部屋長によって全
 然違いました」
部長
 「そらかわいそう!笑」
大北さん
 「サバイバルと言ってもいい状態でした。普通でも
 1年生は大変ですがその上ケガしたらもう悲惨で」
部長
 「どんな風に悲惨?」
大北さん
 「ケガ人は通称≪リハビリ≫って呼ばれて、練習
 休みの時に山ほどある洗濯物を片づけたり、ケガ
 してない部分を鍛えるリハビリ体操を命じられます」
部長
 「右足痛めてたら左足を強化する、みたいな体操
 ですか?」
大北さん
 「そうですそうです!!」

ほかにもスゴい話がありそうですね。そのBに続きます
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