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その1 その2 その3  ■ 慶應義塾體育會蹴球部OB大北正信さんレポート その4
2007年6月22日(金)
部長
 「ビッグゲーム前のチームではなにかセレモニー
 的なものはあるんですか?」
大北さん
 「早慶戦とか慶明戦の前日は、盛りあげ練習、通
 称≪もりもり≫がありまして。1、2年生のレギュラ
 ー以外がひたすらランパス、セービング、あと押し
 相撲なんかを3時間ぐらいやるんです。グランドに
 はレギュラーはいません。建物の中にいるレギュラ
 ーは、外でのもりもりの声を聞いてプレッシャーを
 感じる。自分達以外の試合に出られない部員の声
 を一身に受けるというか。で、結果的に一体感が
 得られるという。あとはジャージ授与式です」
部長
 「試合直前のロッカー風景は?」
大北さん
 「上田監督はロッカーを真っ暗にしてライターを付
 け、それをみんなで見て集中させるとかそういうの
 もありました。さっき話した鬼コーチはたった一言
 しか言わない。その一言でみんなが泣いてしまうよ
 うな言葉です」
 

大北さんが2年生の時、慶応大学は上田監督のもと、大学選手権優勝、日本選手権でトヨタに勝ち日本一に。そして3年生から2年間、大北さんは慶応の黒黄(こっこう)ジャージに袖を通します


部長
 「自分が上級生になってからは、下級生にはどう接
 したんですか?」
大北さん
 「自分がやられたのと同じことを下の子にするのは
 イヤやったんで、優しい先輩でした 笑。それより、
 もうジャージが重くて」
部長
 「重い?」
大北さん
 「黒黄を着る15人に対して、着られない85人がい
 るんです。そのプレッシャーをいつも感じているの
 で重くて重くて。前の年に日本一になって、やっぱ
 りすごく部に注目が集まりますよね。取材もすごい
 数やし、ギャラリーも多くて。でも3年の春シーズン
 以降、戦力がガタ落ちして、招待試合を全国でさ
 せてもらいましたがボロ負けすることもありました。
 秋も下位チームとの差が縮まってしまい、先輩やO
 Bからのプレッシャーはもうすごかったです。4年
 生では春シーズンは強かったけど明治、早稲田、
 東大に負け、5位。大学選手権にも出ることなく、
 低迷期に入ってしまいました。自分自身もシーズ
 ン前に足を骨折してしまい、シーズンを棒にふって
 しまいました」
部長
 「そして卒業後は?」
大北さん
 「関東社会人1部リーグに所属する社会人チーム
 (清水建設)で8年間プレーしました。同じリーグに
 はIBMやセコムがいました」
部長
 「そこではどうでした?」
大北さん
 「本当にラグビーが好き、という人が多く、自分のプ
 レーの幅が広がりました」

その後はいろんなレベルの人が集まるチームでラグビーを楽しむ大北さん。「これぐらいの年齢になると高校日本一、という人でも特に大きな差を感じることはないんですよね、不思議と。それで、そういうチームではまず、グランドを取るところから始まる。そんな苦労も知らずにずっとプレーしてたんで。極端な話、ボール1個、いくらするかも知らなかったんですよ 笑」


取材後、3人でパチリ


☆取材後記☆
高校からラグビーを始めた大北さん。大学では苦しい練習を耐え抜き、その結果「どんなことがあっても怖くない」と言い切れるほどの経験とは、どんなものだったんでしょうか。いろんなエピソードをお聞きするにつけ、想像を絶するものだということだけはわかりますが、これは経験者にしかわからない世界。ベタかもしれませんが汗と涙の毎日だったのだろうと思います。でも、ちょっとしたすり傷がお風呂で破傷風寸前になってしまう…ひえー!!でした。お話の中、頻繁に出てくるラグビーでは有名な人名や学校名があんまりわからず、レポーターの頭の中はまたしても『???』だらけでした。
ともあれ、たくさんの貴重なお話、ありがとうございました!またラグビー部マーラーにお越し下さいね。お待ちしています!
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