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 ■ 慶應義塾體育會蹴球部OB大北正信さんレポート その1 その2  その3 その4 
2007年6月19日(火)
2007年6月15日(金)、ラグビー部・マーラーに大北正信さん、山本直弘さんをお迎えし、取材させていただきました。お二人は八尾高校ラグビー部OBで、大北さんは35期、山本さんは33期。大北さんは卒業後、慶應義塾大学へと進まれました。今回はお二人の高校時代から、大北さんの大学時代の当時のお話まで、南野部長がいろいろお聞きしました。

(大北さん)

部長
 「当時の八尾高ラグビー部には部員はどれくらい
 いたんですか?」
大北さん
 「各学年だいたい10人ずつ、30人ぐらいでした」
山本さん
 「大北君が初めて部に来た時のことよう覚えてる
 んですよ」
部長
 [どうして?」
山本さん
 「お父さんに連れられて来たからです」


(山本さん)
大北さん
 「親父が同じ八尾高ラグビー部OBで…。親父は9
 期です」
部長
 「中学では何かスポーツやってたんですか?」
大北さん
 「陸上やってました。でも陸上の走り方はピョンピョ
 ン跳ねるような走り方で、ラグビーの重心の低い走
 り方とは違いましたね」
部長
 「ラグビー部のほうはどんな感じでした?」
山本さん
 「とにかく走れ走れ!の根性ラグビーだったのが、
 大北君が入ってきた年に監督が変わってから、ガ
 ラッと変わりました」
 
その監督は体育の先生だったそうです。先生との思い出を大北さんが話してくれました。

大北さん
 「僕はすごいヘタクソ部員で。練習にはなんとかつ
 いて行けてましたが1年生の終わりくらいから自分
 の中での練習意欲が失せてきて、2年生の間の1
 年間はずっとスランプ。試合に出ても何もできなく
 て、もう人生まっくら。それが、3年生の5月、大阪
 のセレクションチームとして大工大に招集があって
 、当然入らないだろうと思っていたら、スランプのど
 ん底にいたのにも関わらず、先生が3年生全員行
 けと。工大のグランドでの合同練習で延々と続く厳
 しいランパスについて行けず、脱落してみんなのラ
 ンパスを見ていました。次の日、セレクションマッチ
 というのがありましたがすっかり自信を失くしてい
 たので、行きたくないと先生に直訴したら」
部長
 「したら?」
大北さん
 「みんなの見てる前で殴られました。衝撃受けたし
 屈辱的で、くやしくてくやしくて。結局セレクションチ
 ームには入れず、試合を見てるしかなかったのも
 くやしくて。その日は一晩泣いてました。その日を
 境にもっと練習しないと、と思い立ち、誰にも言わ
 ずに学校での練習後に自分で走り込みを続けまし
 た」
部長
 「やらされるもんじゃなくて、やっぱり自発的に練習
 する方が伸びるってことでしょうね」
大北さん
 「3か月後には肉体改造されていて、周りのみんな
 も驚いてました。夏合宿でも負けなし。先生のおか
 げと思ってます」


☆その後大北さんは慶應義塾大学へと進みます。そのお話はそのA〜Cでご紹介いたします。
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